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千葉地方裁判所 昭和47年(ワ)160号 判決 1973年10月15日

原告

高沢ミツ

ほか一名

被告

錦織功

主文

一  被告は原告高沢ミツに対し七一〇、四七一円、同高沢明美に対し七〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四七年四月九日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一申立て

(原告ら)

1  被告は原告高沢ミツ(以下原告ミツという)に対し二、六八六、〇三一円、同高沢明美(以下原告明美という)に対し一〇〇、〇〇〇円および右各金員に対する昭和四七年四月九日から支払いずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

(被告)

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二請求原因

一  (事故の発生および帰責事由)

昭和四五年一〇月二五日午後六時三〇分頃、原告ミツは孫の原告明美を背負つて、千葉市誉田町二丁目二四番地先道路上において信号待ちをして、交差点に立ち止つていたところ、前方道路を右折しようとして、ハンドルを切りあやまつた被告の過失により、同人の運転する自家用自動車に衝突され、両原告共にその場に転倒した。

二  (傷害の部位程度)

右事故により、原告ミツは昭和四五年一二月二六日まで入院、その後通院加療するも、四八年六月一五日現在に至るも完治しない頭部挫傷、腰部、左肘、左手背、膝関節部挫傷等の傷害を受け、原告明美は一週間入院を要する打撲傷害を受けた。

三  (原告ミツの損害)

(1)(イ)  桐原外科医院に関するもの

入院中の治療費 一、五二〇円

入院中の付添家政婦に対する支払い 六四、三八〇円

通院自動車代(五四回分) 六四、八〇〇円

雑費(一日・三〇〇円、六二日分) 一八、六〇〇円

(ロ)  小山整骨院に関するもの

治療費 本件訴状提出時以前のもの三八、〇〇〇円

右時点以降のもの 一一二、七五〇円

一五〇、七五〇円

交通費 五一、六〇〇円

(ハ)  川鉄病院に関するもの

治療費 本件訴状提出時以前のもの一六、三一〇円

右時点以降のもの 二二、五七一円

三八、八八一円

交通費 四四、五〇〇円

(ニ)  飲食店営業に関するもの

休業補償費(休業一一日間、一日純益三、〇〇〇円) 三三、〇〇〇円

再開後従業員に対する支払分 七一八、〇〇〇円

(ホ)  慰藉料 一、五〇〇、〇〇〇円

(2)  右損害の発生は、本件事故と相当因果関係がある。

四  (原告明美の損害)

慰謝料 一〇〇、〇〇〇円

五  (結論)

よつて被告に対し、原告ミツは右損害金二、六八六、〇三一円、同明美は右損害金一〇〇、〇〇〇〇円および右各金員に対する不法行為の後である昭和四七年四月九日から右支払いずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三答弁

一  請求原因一のうち、事故発生時刻の点は否認するが、その余は認める。

二  請求原因二は原告明美に関する部分は不知。原告ミツに関する部分を否認する。

原告ミツは本件事故以前から変形性背椎症に罹患していたものであり、本件事故と同原告主張程度の受傷とは相当因果関係がない。

三(一)  請求原因三の(一)の(1)の(イ)ないし(二)のうち、(ロ)の小山整骨院に関する交通費および(二)の飲食店営業に関する再開後従業員に対する支払分については否認する。その余は合計六八九、一六四円の限度で認めるが、他は否認する。なお、右に認めた合計六八九、一六四円のうち、(イ)の付添家政婦に対する支払が六四、三八〇円であること、雑費一日分が三〇〇円であること、(ロ)の本件訴状提出時以降の治療費が一一二、七五〇円であることおよび(ハ)の右時点以降の治療費が二二、五七一円であることは認める。

(二)  請求原因三の(一)の(1)の(ホ)は五二〇、〇〇〇円の限度で認め、その余は否認する。

(三)  請求原因三の(一)の(2)は、被告が右に認めた計一、二〇九、一六四円の損害のうち三〇パーセントについては認める。その余は否認する。

四  請求原因四は三〇、〇〇〇円の限度で認め、その余は否認する。

第四抗弁

被告は、本件事故による賠償金として、原告らに対し、一八三、八七五円を支払ずみである。

第五抗弁に対する認否

抗弁事実を認める。ただし、これは本訴請求外の治療費として充当した。

第六証拠〔略〕

理由

一  (事故の発生と帰責事由)

請求原因一の事実は、事故発生時刻の点を除き、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、本件事故の発生時刻は午後六時三〇分ごろと認められる。

二  (受傷の部位程度)

〔証拠略〕によれば、本件事故により原告ミツが腰部・左肘・左手背・右膝挫傷・頭部挫傷の傷害を受けたことおよび同明美が頭部・背部挫傷により全治二週間を要する見込みの傷害を受けたことが認められる。

原告ミツの受傷の程度について〔証拠略〕によれば、原告ミツが本件事故後現在に至るまで、変形性脊椎症に罹患し、治療継続中であること、〔証拠略〕によれば、変形性脊椎症は、一般的には経年性のものであり、交通事故外傷によつて、突然罹患する性質の疾病とはいえないこと、〔証拠略〕によれば、原告ミツは相当以前から変形性脊椎症に罹患していたと医学上推測されること、〔証拠略〕によれば、本件事故直後医師の診断による原告ミツの受傷は全治三週間を要する見込みのものであつたこと、〔証拠略〕によれば、原告ミツは昭和四五年一月から八月まで、坐骨神経痛で通院治療したこと、〔証拠略〕によれば、医学上坐骨神経痛は腰椎の疾患を原因とすることがあるということ、以上の事実がそれぞれ認められる。

以上の事実を総合すれば、原告ミツは本件事故以前から変形性脊椎症に罹患していたものと推認することができ証人高沢洗治の証言および原告ミツ本人の供述のうち右認定に反する各供述部分は信用できないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

そして右認定の事実と〔証拠略〕を総合すれば、原告ミツはかねてから変形性脊椎症に罹患していたところ、本件事故に出会い、一方では右疾患の病状を悪化させるとともに他方では事故による受傷の治癒を遅らせ、いまだ右外傷の後遺症と変形性脊椎症、膝関節症の合併症で治療中であることが認められる。

三  (因果関係)

以上のように、被害者が交通事故以前より変形性脊椎症に罹患していたため、通常人が本来蒙る損害よりも大なる損害を蒙つた場合、右事故以外に病状を悪化せしめる原因が存しない限り、右損害拡大部分については事故が一因をなしているといわざるをえない。そして本件全証拠によるも事故以外に病状を悪化せしめる特別の原因があつたとは認められない。そうだとすれば、本件事故と病状の悪化との間に法的因果関係を否定することはできない。しかし、一方、右損害の拡大が同原告の従前の疾患に起因している点に着目すると、その全てについて被告に責を負わしめるべきではない。すくなくとも、同原告の従前からの疾患が損害の拡大に寄与したと認められる限度において、加害者の負担を軽減せしめるのが、公平の原理にかなうものといわなければならない。そこで前記認定の諸事情を勘案すると、原告の従前の疾患の右寄与度は六〇パーセントとみるのが相当であるから、本件事故による全損害の四〇パーセントをもつて、事故と相当因果関係ある損害とみるべきである。

四  (原告ミツの損害額)

そこで、原告ミツの全損害額(被告の既払い分を含む)について検討する。

1  治療費 三九四、一八四円

〔証拠略〕によれば、原告ミツの桐原医院に対する治療費は、六八、六九五円(うち六七、一七五円は被告既払い)であることが認められる。

〔証拠略〕によれば、本件訴状提出時以前に同原告が川鉄病院に支払つた費用は一六、七六八円であることが認められる。また、本件訴状提出後、同原告が同病院へ支払つた費用が二二、五七一円であることについては当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、本件訴状提出時以前の同原告の小山整骨院に関する治療費は一七三、四〇〇円(うち一一六、七〇〇円は被告既払い)であることが認められる。右時点以降の費用が一一二、七五〇円であることは当事者間に争いがない。

以上により、同原告の治療費は合計三九四、一八四円となる。

2  付添看護費 六四、三八〇円であることについては当事者間に争いはない。

3  入院雑費 一八、九〇〇円

〔証拠略〕によれば、原告ミツは桐原医院へ六三日間入院したことが認められる。入院雑費が一日三〇〇円を要したことは当事者間に争いはない。したがつて、同原告の入院雑費は一八、九〇〇円となる。

4  通院交通費 一四、〇〇〇円

(イ)  原告ミツが桐原医院への通院交通費を要した事実は、本件全証拠によつても認められない。

(ロ)  小山整骨院への通院交通費についても、〔証拠略〕によれば、小山整骨院は同原告宅と同番地で、徒歩二、三分の場所に所在する事実が認められる。右事実によれば、同原告主張の事実を認めることはできない。

(ハ)  川鉄病院への通院交通費について、〔証拠略〕によれば、原告宅から同病院までの交通費は、バスなどの通常の交通機関を使用すれば往復二〇〇円であることが認められる。本件全証拠によるも、原告ミツが同病院へ通院するのに、タクシーなどを使用しなければならない特段の事情のあつたことは認められない。したがつて、同原告の右交通費は往復二〇〇円と認めるのが相当である。また、〔証拠略〕によれば、同原告は本件事故以降昭和四八年六月一三日までの間に計六四回、同病院に通院した事実が認められる。さらに、原告ミツ本人の供述によれば、現在でも二週間毎に通院している事実が認められる。以上の事実を総合すれば、原告の同病院への通院は七〇回と認められる。よつて、右費用は、一四、〇〇〇円となる。

5  飲食店営業に関する損害 合計七四四、四〇〇円

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告ミツは、事故当時、夫洗治と長男との三人で飲食店営業に従事していた。店舗は調理場を含め八坪位で、同営業には他に使用人はなく、右家族のみが従事するものであつた。同原告は主に調理面を担当し、同営業の中核的存在であり、実質的には営業主と認められる。事故当時の同営業による収益は、少くとも一日四、〇〇〇円あり、月収にして一〇〇、〇〇〇円ほどあつた。事故により少くとも一一日間は完全に休業した。右休業後、同原告の代替者を雇い、営業を再開したが、昭和四五年一一月より四七年二月までの一六ケ月、同原告は調理面は勿論、ほとんど営業に関与せず、代替者にまかせている。右代替者はいずれも同原告の子または親族である。事故前後で、人件費を除けば、同営業の収益に大きな変化があるとは認められない。

以上の認定のように、営業主が事故により受傷し、その営業を一時休業した場合、それによつて生ずる財産上の損害額は営業収益中に占める営業主の営業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきである。そこで、原告ミツの右営業に対する個人的寄与度をみると、前記認定のように、原告が右営業の調理面を担当し、飲食店営業にとつては中核的存在であつたことに鑑み、六〇パーセントと認めるのが相当である。

(イ)  したがつて、休業による損害は一日二、四〇〇円(四、〇〇〇円の六〇パーセント)となるから、一一日間の損害は二六、四〇〇円である。

(ロ)  次に代替者を雇つて営業を再開した後の損害について検討する。前記認定のように、右営業は月一〇〇、〇〇〇円の収益を上げ、この収益中、六〇、〇〇〇円が原告ミツの個人的寄与に基づくものと認められる。しかし、右の六〇、〇〇〇円の収益は、同原告が営業主として受けるべき部分と自らが労働力を提供したことの対価とみられる部分に分解することができる。そこで、前記認定のとおり、人件費を除外して考えれば、同原告が労働力を提供できなくなつた後にも、それ以前にくらべ、右営業の収益にさほどの変化がみられない以上、従来同原告が調理面などで提供していた労働力が代替者によつて補充されているとみるべきである。したがつて、代替者の給与が業種や営業の規模などからみて、合理的なものである限り、その給与自体が同原告の労働力の対価を意味することになる。すなわち、同原告の事故による損害は、労働力の対価の部分にあるから、代替者へ支払つた給与が営業の規模などからみて、合理的なものと認められる限り、同額が事故による同原告の損害となる。〔証拠略〕によれば、同原告は代替者に対して事故以降一六ケ月間に、七一八、〇〇〇円を支払つたことが認められる。右の金額(一箇月あたり四四、八七五円)は、右営業の規模などに照らし特に不合理なものとはいうことができないから、右金員は同原告の損害と認めるのを相当とする。

6  慰藉料 同原告の本件事故による精神的苦痛を慰藉するには、前記諸事情に鑑み、一、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

7  以上のとおり原告ミツの全損害は、合計二、二三五、八六四円となるところ、前記認定のとおり、その中の四〇パーセントが本件事故と相当因果関係ある部分である。したがつて被告が同原告に賠償すべき損害は八九四、三四六円(円未満切り上げ)となる。

8  被告が本件事故に関し、原告らに対し一八三、八七五円を支払つたことは当事者間に争いがなく、前認定のとおり(理由四の1)右金員は原告ミツの治療費として充当されているから、被告が同原告に対して現に賠償すべき義務ある損害額は七一〇、四七一円である。

五  (原告明美の損害)

原告明美の本件事故による精神的苦痛を慰藉するには、前記(理由二)に認定の事実に鑑み、七〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

六  (結論)

よつて本訴請求は、そのうち被告に対し原告ミツが七一〇、四七一円原告明美が七〇、〇〇〇円および右各金員に対する本件不法行為の後である昭和四七年四月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるからこの限度でこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村輝武)

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